H26展示会のための窯焚き風景です

BGMは秋山裕和さまの「宵祭の風をお借りしています」

薪窯工房 無量窯

   窯の中で熱くなるいのちの形

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   半地上式穴窯はふたつ  ガス窯ひとつ 灯油窯ひとつ

              Kiln

⇒右写真の灯油窯は火の勢いがあるため、薪窯と似たような焼きになる時があります。でも、煙が体に良い薪の煙と違って、石油燃焼煙ですので、殆どガス窯に移行しています。ガス窯は炎の勢いがない分、薪窯風にする時は灰かぶりや温度調節の一工夫が必要ですがとても安定した焼成を醸し出してくれ、いろんな試しの出来る窯です。

左の穴窯が最初に築窯した方です。右は少し長めの窯で後ろにもう一つ小部屋付きで、そこで余熱焼成が出来ます。


 3日~4日の薪窯焼成は、相棒と交替で行います。

 相棒は嫁はんですが、とにかく生来の体力保持者で、何日でも窯焚き可能な奴です。しかし、本人も言っているように、「ただ指示されて焚くだけのと、指示出すために目いっぱい窯内のチェックしていかなあかんで焚くのと、クタクタ度は全然違うから、うちは楽やから。」ということでしょう。言わせて貰えば、この相棒、ちゃんと指示しとかないと、温度の上げ下げで、やたらと薪を突っ込んでオキを溜めてしまう欠点が昔はありました。今は横ばいするのもうまくなり、温度調節無理なく上げて行くコツを掴んだようです。窯は生き物で、薪をいっぱい突っ込んだから温度が上がるわけではなく、空気の流れる道を作りながらの焼成でほんの少しくべるだけで、すんなり上がったり下がったりしてくれるものです。それは窯の中の状態を小窓から見える炎の動きで把握できるでしょうし、窯は窯焚き担当者の心を知っているって感じがあります。タイミングよく、窯内が充分暖められて、さぁくべる「頃あい」だと察する直感みたいなものは年数しないとわからない感覚かもしれません。

今ではすっかり要領を得て来たその相棒ですが、窯の中の温度チェック用に入れたゼーゲルという△を小窓から見れるには、やはり窯づめした人間しか見えないようで、「あんたぁ、よう、奥のゼーゲルまでみえるんやなぁ、うちは手前しか見えへんわぁ」と言うてます。窯の中のその場所その場所で温度は違うので、溶ける温度まであがった場所においたゼーゲルは「辛抱でけへんよ」みたいにおじぎして見えるんですね。やはりそれは窯詰めた者にしか見えないし、そのチェックのいらない時間帯だけ嫁さんに任せているペースでうまくいってるようです。

そういうどっか繊細さのない嫁さんですが、窯焚き最終の追いだきの必要な時はものすごく力を発揮してくれます。1300°C前後の炎の加減の仕方はこいつ向きで、結構熱した段階では窯という荒馬の手綱とりはうまいもんです。

そう考えると窯焚きは家族の在り方を教えてくれるものです。中に入っている作品が子供達のように思えて、両方の親が手綱を持ちかえながら作品(いのち)の成長を見守って育てるプロセスに似ています。ある程度までいくと窯の中でいのちは自分の力で大きく風合いよく、炎を取り入れて自分の形をゲットしていくんですね。

そんな事を考えながら、夜更けからしっとりとした炎の光を見守る作業は掛け替えのないものだったと思います。

 

2014 那智山 青岸渡寺(那智の滝)~補陀落~阿弥陀寺